| ヒロのひとりごと 2003年8月 |
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☆☆夏休みの思い出☆☆【古着屋】
皆さんついに夏休みも終了ですね。今年の夏休みいかがでしたか?私はどこもいけなかったなーーせめて温泉でも行きたかったなーー
先日の火曜日久しぶりに午後時間が空いたので、中学3年の長男と、前々から行ってみたかった、小笠郡大須賀町にある大きな古本屋に出かけることにした。自宅から車で1時間半。長男とはなかなかじっくり話す時間も無かったので、車の中でくだらない世間話ができた。 現地に着いたところで、まずは腹ごしらえ。そしておもむろに古本屋に入り、息子は、参考書???とんでもない。マンガコーナーに突撃。私は、ぶらぶらとアッチコッチ。さあ1時間半もかけてきたんだからドバーっと買いあさろう!!・・・と意気込んでいったんですが、私も息子もめぼしい本を見つけれず、買ったのは、息子が、マンガ3冊だけ。 何のためにこんな遠くまで来たんだろう・・・帰ろうと思って本屋を出たら隣が古着屋。ん・・・・古着屋と言うところに入ったことない。初体験。よし!やけくそじゃ!入ってみよう! ほーーーいろいろあるもんだなーー1回着たらすぐ飽きそうな服がいっぱいある。その中でも、選りすぐりのめぼしい古着を4点ほどに目がいき、よし古本屋で買えなかった分ここでGETだ!!レジにいったら、4点で1500円やった!!すごいじゃん!!私って買い物上手!!!・・・一瞬の優越感。 帰ろうとしている私に、店員さん「うちはチェーンですので、また浜松に行かれたときは、浜松店にもお寄りください」 HIRO「????私浜松人?!」店員さんから地図を渡され見たところ、なんと私の家から車で5分のところにもっとデカイお店があ〜るじゃありませんか。
うっそ〜〜〜何のために1時間半も走ってきたわけ??あげくの果てに、時間が大幅にそこで費やしてしまったため、夜予定していたことに間に合いそうも無い。そのため、高速を使い700円パー。ガソリン使って高速料払って、古着買って・・・なんちゅう買い物上手??? まあ息子と車の中でゆっくりコミュニケーションとれたことが、今回の収穫かな??!! 2003.8.31
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HIROTAP誕生奮闘記 そのK
「嫌われタップ」・・・おもいっきり嫌われた、あの事件を書かなければ、始まらないよね。この話は、昨年、SBSラジオ放送で、私のドキュメンタリー番組を作ってくれたときもお話しましたので、聞いてくれた人は、多分「あの話ね!!」とわかってくれると思います。思い出すだけで、ものすごい行動力!!!とわれながらビックリする事件です。
初めてのタップの仲間「タップメイツ」に、ある日私の親友JAZZ DANCEの先生葉子先生から、「今度舞台やるから、1〜2曲出てみない?」とお誘いをいただきました。タップメイツにとっては本格的な舞台に立たせてもらえるなんて、天にも昇る気持ちでした。
早速練習開始です。JAZZ DANCEの皆さんにご迷惑をかけてはいけません。無いなりの技術でも、精一杯努力しなくては!! メンバーは多分10人弱だったと思います。とにかく練習に励みました。衣装も手作りでみんなで手分けして作りました。雑巾しか縫えないHIROちゃんも夜なべです。 舞台の前日、リハーサルの日がやって来ました。まだまだ自分で舞台をつくることのできない私に葉子先生はチャンスを与えてくれたのですから、ほんのわずかな出番でも、精魂込めて、勤めなければ・・・ メンバーも、テンション猛スピードで上昇中!さあ私たちのリハーサル。緊張の中、無事終了。私たちの出演している間に、JAZZの皆さんは着替えるので、私たちのTAPの時間は大事な8分。ほっと一息ついていると、館の方が私に話したいことがあるので、事務所に来てほしい。・・・との事。
みんなを帰して私は荷物もまとめて、事務所のドアをあけた。そこには、館の方が数人私を待っていた。「今TAPをやった方ですね」「はい、そうですけど、何か?」 「明日の舞台にはTAPをやらないでほしい。あんな靴でやられては、ホールがだめになる」
HIRO「でも打ち合わせのときは、何も言われませんでした。」
館の方「TAPシューズを見せてもらわなかったので、わからなかった。」
明日は本番。何百人ものお客さまがみにこられる。パンフレットだって、すでに載っている。タップは、JAZZの方々の着替えの時間なので、もし抜けたらめちゃくちゃになってしまう。初舞台を楽しみにしているメンバーたち・・・・どうしよう・・・・HIROどうする??・・・続く
2003.8.30
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HIROTAP誕生奮闘記 そのJ
3ヶ月の「タップダンスの講座」は無事?!終了。その中でもっとタップ続けたい!という方で「同好会」を作ってくれました。会の名まえは「タップメイツ」後々のHIRO発足の原点です。
私もチビットかじっただけのタップでしたから、手探り状態で、みんなのリーダーとしてやっていいけるのかなーーー不安の中、毎週水曜日7時30分始まり。でも、やっぱり仲間はいい。いままで、培われたタップ技術を教えながら、逆にみんなから多くのことを学ばせてもらっていました。悩んでいても、みんなで悩めば、何十分の一にもなってしまう。毎週水曜日が待ちきれなかった。 場所が、公的施設だったので、そのまま、「うるさい!傷が付く」で白い目で見続けられましたけどね。官長サンによって、私たちの待遇が全くかわるんです。 理解してくださる官長さんの場合、見て見ない振りして、私たちグループをかげながら応援してくださいました。「シートは重いから、ボイラー室の奥の方だったらあいているところがあるから邪魔にならないように、おいていいよ」・・・・官長さん!!ありがとう!!神様みたい!! そして半年後新しい官長さんに変わったと同時に、ボイラー室においてもらっていたシートの上にありとあらゆる、道具を乗せられ、とれなくしてくれました。「使うのでどかしてほしい」というもんなら、「もって帰れ」とまた言われます。仕方なしに、うちのメンバーが集る前に先に行って、まずは、シートを出すための片付けから始まりました。まあ良い準備運動になりましたけどね!! 館での催しもので、1年に1回その館を利用している人たちの発表会も、今だから笑っちゃうんですが、シートを敷かないとやらせてもらえなかったので、メイクして衣装着て軍手して、シートしいて、演技して、またそのままシート片付けて・・・それでも楽しかったなーーー でも最後にはやらせてもらえなくなっちゃったけどね。タップの舞台ってこんなにも難しいものだとは思わなかった。嫌われタップ・・・・続く 2003.8.27
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HIROTAP誕生奮闘記 そのI
最近「奮闘記楽しみにしてますよ!!」なんて声かけられることが多くなり、私自身ビックリしています。実際あったことをダラダラ書いているだけなのに・・・ナンカ読んでもらっていると思うと照れるな〜まあいいか!うその無い私HIROを知ってもらいたいから。
仮面をつけた人生なんて、暑っ苦しくていやだもんね。
私だけがタップシューズはいて生徒さんは普通の靴。そりゃあどんなに教えづらいか、今タップを習っている人だったらわかるでしょ。
音の出し方・・・どうやってやったんだろう?自分でも覚えてない。ただ、FLAP、SHUFFLEを教えた記憶はある。そしてソフトシューズを1曲踊れるようにしたとおもう。
レッスンを重ねるごとに、本当にタップに興味がありやろうとする人と、野次馬根性で来た人とに別れた。 後方の人たちは必然的に馬に乗って去っていった。タップに興味のある人たちはあたりまえのごとく、タップシューズがほしい!買いたい!と相談してきた。当たり前ですよね。 もちろん浜松には売ってないので、東京の売っているところを紹介し、各自で頼むと運送料もかかるので、快く私が、注文してあげたにの。そこに問題がまたもや発生しちゃんたんだなーーー 主催者イワク「講師をしながら斡旋はしてはいかん!!」ひえ〜〜〜〜みんなの手間にならないよう助けたつもりだったのに・・・・ というわけで、第1回目に頼んだ人はタップシューズを手に入れたんですが、その後ほしいと言われた方からは、頼むこともだめ、履くことも許されなくなってしまいました。 だから変な感じです。タップシューズを履いてる数人と普通の靴を履いている人たちと一緒にレッスンしてました。 そして3ケ月何とかタップ講座は終了。私の始めての講師料はすべてシート代に変わり、というよりも逆に大出費となりました。 でもね、ここでそれに勝るすばらしい宝物を獲たんです。タップ仲間です。私と一緒、タップ大好き!という方がたに会えたんです。これで私一人じゃない!! 彼女らは後々私を助けてくれるようになり、今私がこうやって続けられるのも彼女らのおかげ!!!こんなことそのときは思いもしませんでしたけどね。・・・・続く 2003.8.25
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HIROTAP誕生奮闘記 そのH
シートのアイデア、私にとって鬼の首をとったごとく、喜びいさんで、レッスンに入りました。シートの上だと、すぐしわになり、やりにくいのは正直言って失敗かな!?でも気にしない気にしない。タップシューズはけるだけいいや。しかしそこでまたもや問題が・・・・
ホール管理者の方から、「私物は毎回持っていってください」そうかーーーそうきたか・・・
というわけで、私の軽の車は、倉庫に変身。毎回毎回、あの重くてデカシートを積んで走り回っていました。
まだそれなら可愛いもの!後々シートから、6畳のウッドカーペットをしきつめることを、思いついたときから、毎回後ろのドアを開けたオープンカーで、飛び出たウッドカーペットの先には、赤旗をつけ、人はオープンカーとは呼ばず、「労働作業車」とあだ名をつけた。 どうもそのあだ名は好きでは無かった。私の中では、オープンカー!!!雪が降ろうとヤリが飛んでこようとオープンカー!!何を言われようと、タップができるなら、何も惜しくない!! タップはどこでもできるようで、「音がうるさい。傷が付く」と言うことで場所に制限があります。だから、よけい、タップというダンスは、庶民化されないんだと思います。私がどんなことを言われようが、どんな仕打ちを受けようがやめなかったのは、「もしここで私がやめたら、浜松にはタップは根付かない。誰かやらなければ」いつもこれが心のどこかで叫んでいました。 初めての私のタップ講師。私はタップシューズをはいているけど、他40名の生徒さんは運動靴。主催者の方にせめてかかとのある、靴を履かせてあげてください。・・・・それが精一杯のお願いでした。 何回かお願いしてやっと許可出たときは、涙が出ました。根本的にまだタップダンスというものを知らないあの20年前。「タップの種をまく」前の段階、畑つくりからスタートでした。・・・続く 2003.8.22
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TAKE A BREAK!!紅茶
私は毎日朝いっぱいの暑い紅茶を飲むのが習慣といえば習慣になっている。コーヒーは全く飲めない。まあアメリカンにしてお砂糖いっぱい入れて、真っ白になるまでミルク入れればコーヒーもいいだろう。でもやっぱり朝は紅茶だね。それもストレート。でも砂糖は2個以上は入れる。
先日なくなってしまったので、スーパーに買いに行った。いつも安い198円とか298円とかという安い紅茶を選んでそれで満足しているHIRO。それもめんどくさがりやなので、TEA PACK。 先日は何を思ったのか「ちょっとリッチにいこう」なんちゃって、獲たいの知れない箱に入った見るからに高そうな紅茶を選んだ。498円もした。 次の日の朝さて飲もうと開封したところ葉っぱだけ入っていた。あれTEA PACKじゃない!!!どうやって飲むんじゃ??・・・・しょうがないから、日本茶の急須に入れて飲んだ。でもやっぱ日本茶のにおいと紅茶のにおいが混じって国際交流しているようだ。 しかたなしに、一人用のサーバーを買うはめになった。やっぱ私にはリッチ生活はむいてないだろうなあーーとんだ出費だ!説明書をしっかり読み、まずサーバーに紅茶の葉っぱを入れる。熱く沸騰したお湯を注ぎ、空気を抜く。すると少しずつ葉っぱは開いて下へ下へと沈んでいく。わーーーー感動だ!!葉っぱが私に言っている。「おいしい紅茶がいまに出来上がるよ。待っててね」って。葉っぱが鼻歌歌っている!! そうだ!最近心の余裕を忘れがちなんだ!!紅茶の葉っぱは私に教えてくれた。どんなに忙しくても、心に余裕を持つことを忘れてはいけないことを!心の余白があれば、何でも受け入れられる。紅茶が出来上がる3分は大事なリフレッシュタイム。あーーー高級紅茶と買わざるえなくなったサーバーの出資は損ではなかったようだ。
さて、紅茶は好きなんですが、2回以上飲むと胃が痛くなるので、毎日いっぱいにしている。だから朝はマグカップで2杯以上の量を飲むことにしている!?変なヤツ!!!
2003.8.20
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HIROTAP誕生奮闘記 その8
タップシューズをはかないでタップを教える・・・・ん・・・苦難だぞ!!まっ、とりあえずリズム遊びをしよう!その間にきっとナンカ良い方法が出てくるだろう。と、いうわけでタップシューズの無いタップレッスンが始まりました。でも、集ってくれた生徒さんはとっても楽しいと言ってくれ、ひとまずピンチ脱出。さて後の3ヶ月どうしたもんだろう・・・床に傷をつけず、音もあまり出ないように・・・・ん・・・・ そうだ!シートを敷こう!そのときはコンパネとか板とかそういったものは考えも出てこなかったの。すぐに、電話帳でシート屋を探し出かけました。そこでいろいろ見せてもらいました。シート屋さんもタップで使うなんていったので、目丸くして不思議そうに、そして興味深そうにアドバイスしてくれ、決まったシートが、なんとトラックの荷台に使う、あの緑のおも〜いカバー。それを二人でもてるぐらいの重さにきってもらい、いざ行かん!みんなの待っているレッスン上へ!!主催者の方、「これを敷きますので、タップシューズ履かせてください」とお願いしました。ついにタップシューズが履ける!!やった!!しかし・・・・・そんな〜〜〜続く
2003.8.19
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HIROTAP誕生奮闘記 そのF
初めて人にタップを教える・・・どんな人が来てくれるんだろう。私みたいにタップ大好きなんだろうなーーーでもほんとに集ってくれるんだろうか・・・不安と期待でいっぱいの中、ふたを開けたらビックリ!30人の定員にもかかわらず40人も集ったんです。ひぇ〜
タップに興味のある人こんなにもいるんだ!!!ビックリです。それも私よりずっとか年を重ねている方が多く、それもビックリ!!
まあ市がすべてお金を出してくれるので、無料で12回レッスンできるんだから、おもしろ半分に来た人もいると思いますがね。
でも私にとっては、私の大好きなタップを一緒にやってくれる人に出会えたことが、最高にうれしかったんです。
さあ意気込んで1日目行きました。みんなに挨拶をして、シューズを履き、「タップってこうやって音を出して踊るんですよ」って紹介したとたん、主催者からストップがかかったんです。「こんな金具が付いたシューズはいてやっては困る。はだしでやってくれ」・・・・・・ハダシ・・・・え?うっそ〜「TAPはハダシではできません。音を出してリズムを刻んで踊るんです」私は必死に説明したの。でもわかってもらえなかった。20年前、タップと言うダンスはまだまだ庶民まで浸透していなかったんですね。
生徒は集っている・・・でもタップシューズは履けない・・・どうしたらいいんだろう・・・続く 2003.8.17
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HIROTAP誕生奮闘記 そのE
佐々木先生に教えていただき、精神的にも、技術的にも少しタップの世界がわかってきた私にまたもや困難が・・・ 佐々木先生は、35歳と言う若さで、最愛なるご家族、メンバーを残して、天国に召されたんです。もう愕然です。
私みたいな、たまにの訪問者でも、目の前が真っ暗で、これからどうしたらいいのかわからなくなってしまったのですから、佐々木先生のメンバーの方々はさぞかし落胆と不安でいっぱいだったことと思います。それでもお弟子さんたちが、佐々木先生のこころざしを引き継いで、今も佐々木TAPフアミリーを守っていらっしゃいます。すばらしいことです。かげながら応援させていただきたいと思っています。
そんなわけで私はまたもや「プータロー」。私は何回一人ぼっちのタップをしなければならないんだろう。いくら、タップがお友達といってもやはり仲間がほしい。そのころからすごく感じるようになって来ました。 そんなのとき、うちの母親の関係から、(うちの母も舞踊家なので)「市の方で、ナンカ面白いダンスの講座紹介してくれって、言われたから、あんたのタップ紹介しておいたから」・・・・と言うわけではじめて、タップを人に教えるチャンスにめぐり合えたのです。そこで何よりうれしかったことは、私みたいにタップに興味がある人たちに会える!!一緒にタップやってくれる人ができる!!
もうそれが一番うれしかったのです。3ヶ月だけの講座でしたが、どうやってタップの楽しさを伝えようか、夢いっぱい!期待いっぱい!どんな人が私と一緒にタップやってくれるんだろう。ワクワク・・・・続く
2003.8.15
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みんな!今日はアクトのステージ楽しかったね。
やっぱ、外はいいねえ・・・開放感があって!
すごいたくさんの人たちが見てくれ、応援してくれましたね。
感謝でいっぱいです。客席から、ピーピーとか「HIROちゃ〜ん」とか
声援が聞こえるのって、踊っているほうは、のりに乗っちゃいます。
今日の、お客さんたち、私たちを乗せるのバカウマ!!!
ありがとう!!お客さん!!
そっして、多くのスタッフのおかげで、私もまた老体ムチうって踊っちゃいました。最初ちょっと滑っちゃいまして、へたくそなところへ輪をかけて下手でした。スンマヘン。
まあ、祭りだから許して!
みんな、あんなに練習したのに、一瞬で終わっちゃうね。
まるで、真夏の花火みたい。
花火師は、打ち上げの一瞬の感動のために、1年、精魂込めて作り上げる。そしてすべての力を出し切って、見てくれる人の幸せを祈りながら、一個一個丁寧に打ち上げる。
闇の中に放つきらびやかな光は、見てくれた人の明日への希望の光となる。
舞台も全く同じだと思うよ!
どんなダンスだって、人の心を動かすことはできる。
ただし魂の入ったダンスだよ。
技術的にへたくそだって、「一生懸命」を感じるダンスは、魂が宿る。
「マラソン」を見てごらん。「マラソン」ただ走っているだけだよ。でもなぜ「ガンバレー」とか「よく走りきったよ」とか言って、ゴールした選手を見ると感動で涙が出ると思う?あれは自分のすべてを出し切って何日も練習に励み、「一生懸命」にその時を生きているのを感じるからだと思う。
私は「一生懸命」が好き。
「一生懸命」やってだめならあきらめもつく。 みんな!2月の公演、頑張ろうね。
みんなで「一生懸命」やったら見に来てくれた人たちに
いっぱい「幸せ」プレゼントできるよ!!
今日は、応援してくれた皆さん、スタッフとして動いてくれた保護者の皆さん、アクトダンスの祭典実行委員の方々、そして出演してくれたHIROのメンバー、いっぱいいっぱいありがとう!!!!
2003.8.13
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さあ今日も、HIRO誕生奮闘記の続きを書こうと思って、PCに向かったその時、訃報が届いた。
今日は書く気がなくなってしまた。
グレゴリーハインズが亡くなった。信じられない。
まだまだ活躍してほしいのに。
何か書きたいんだけど、今聞いたばかりなので、頭の中がフリーズしてる。
「TAP」「ホワイト ナイツ」何度見たことか・・・・
セサミストリートで子供たちにTAPを披露するとこなんて素顔のグレゴリーが見れて最高に好きだった。
57歳。なんでそんなに早く神様はお迎えに来たんだろう。
もう少し落ち着いたら、もう一度「TAP」のビデオみよう。でも今は見たくない。
だって「TAP」は私にタップを続けさせた、最高の映画だもん。
今見たら、私落ち込んじゃうよ。
今度アクトのショーに出るみんな!!追悼の意を称して精一杯タップ踊ろうね。
2003.8.12
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HIROTAP誕生奮闘記 そのD
私、またもや一人になってしまいました。誰も教えてくれない。誰も仲間がいない。
こうなったら自分でやるっきゃないですよね。でも当時、レンタルビデオ屋はないし、映画、やテレビではタップシーンほとんどないし・・・
昔のミュージカルの映画のビデオを買おうと思いきや、1本1万円以上するし、だからたまに手に入ったタップのビデオを、しっかり目に焼き付けて、みようみまねで、踊っていました。ビデオをダビングするのも6〜7000円かかりましたのでお金が無いのでできなかったし。
わからなくなると、耳に残っているリズムを頼りに自分で創作してタップを練習しました。それが後々、HIROのオリジナルの原点になったような気がします。
ある日、本屋に行ったら1冊のタップの本に出合えたんです。
佐々木隆子先生の「TAP TAP TAP」。私はすぐ佐々木先生の所に連絡をとりました。佐々木先生は、快く私を受け入れてくれました。またもや東京の今度は蒲田通いが始まります。
佐々木先生のところは、たくさんのお弟子さんがいらっしゃって、皆さんとっても気持ちよく生徒さんに対応していらっしゃり技術と共に、教え方もとってもいい勉強させていただきました。
これは、やはり佐々木先生のお人柄が、お弟子さんをそうさせているのだといつもレッスンしながら感心しておりました。
しかしどうしてこうも私のタップ人生は山が多いんでしょうねーーー
またもや、ヒロちゃん危うし!・・・続く
2003.8.11
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HIROTAP誕生奮闘記 そのC
お話の続きの前に、皆さん台風大丈夫でしたか?
HIROのスタジオはビッグ アクシデントがありました。
心配だったので見に行ったの。そしたらなななんと雨漏り発生!!
受付の南側の窓と天井の間からポタポタ。久しぶりに雨漏りの音聞きました。バケツがなかったので、ポットを置いて水取りしたよ。
タオルも足りなかったから、大家さんのとこ行ってタオル借りてきてふき取り2時間していた。あーーー良い運動になったよ!
さて続きね。いつものように高井戸のスタジオに出かけたら、あれ???スタジオが無い!!私場所間違えたのかな???でも、周りの景色は同じだし・・・
しょうがなし、先生の家まで行ってみたの。住んでない!突然いなくなっちゃったの。
後からきいた話だと、急に様態が悪くなり、入院なさったとのこと。とにかくタップがやれなくなったということ。
ここで寺島先生とは、お別れになります。でも私の今こうやってタップを続けられるのは、やはり、みっちり基本を叩き込んでくれた寺島先生のおかげなんです。
ワルツ、ブルース、スローバック、ファーストバックなど昔からあるステップをじっくり教えていただいたおかげだと思います。
それと、芸に対する精神も勉強させていただきました。
私は、覚えが人一倍悪く、いつも落ちこぼれだったんです。今もそうですが!
でもそれを見て寺島先生は、一言、
「なかなかできない人は、すぐできる人より何十倍何百倍と練習すればいい。そうすれば身体に身に付く。『踊れる』と『身に付く』とは違うんだよ。踊り込んで、身体に叩き込んでいきなさい。そうすれば踊りは自分のものになっていく」
今になってようやくその意味が理解できるようになりました。
さて、放り出されたヒロはそれからどうしたでしょう。・・・続く
2003.8.9
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HIROタップ誕生奮闘記 そのB
20数年前はちょうど浜松に「エアロビクスダンス」が初上陸。ダンスも派手。衣装もきらびやか。超人気!大流行。
また「JAZZ ダンス」も最盛期を迎えていて、若者が「ダンス」と言えば「JAZZ」か「エアロ」をさしている世風でした。そんな中で「タップ」は地味な練習の繰り返し。派手さはひとかけらもない・・・ そんなわけで、人気が出ず、生徒は集まらず、ついに先生も浜松から撤退してしまったんです。
あーーー私はどうしたらいいんだろう・・・このままやめちゃうのかなーーーいやだ!絶対もっと練習したい!ついにヒロちゃんは、東京まで新幹線通いを決意したのでありました。
東京で習ったものを浜松で練習したい・・・・でも場所がない。どのスタジオも公共施設も、「傷が付く。うるさい!」で門前払い。仕方がないから自宅の車庫にホームセンターで買ってきたセメントを流し込んで1メートル四方のコンクリートを敷き詰め
そこにシートを敷き、ラジカセ持ってきて毎日練習してたっけ!あーーーなつかしいなーー
トタンに降りつける雨音をバックサウンド。メトロノームの代わりをして面白かったなーー。早くなったり、遅くなったり、デクレッシェンドしたりクレッシェンドしたり・・・小鳥のさえずり、車の走る音、耳に聞こえるものすべてが音の仲間だった。
だから一人で練習してても寂しくなかったよ。自然のオーケストラと一緒だったから。
そんな、ある日いつものように東京の高井戸にある寺島先生のレッスン上に心うきうきしながらうかがったとき、またもや事件発生!ヒロちゃん危うし!・・・・続く
2003.8.8
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HIROTAP誕生奮闘記そのA
私をタップの道に動かした衝撃的なステージとは、・・・「ソフィスティケイテッド レディ」。
ミュージカルを見に行くのは大好きだった私HIROはいつものように、何気なく見に行ったの。
すると、なんと言う迫力!!歌とダンスにもうひとつステージを飾るものが・・・・それがTAP。
まさしく初めて見る「タップミュージカル」だったんです。知らずにいった私は、自分の理想の彼に出会えたみたいに、心が揺れ動きました。多分レンタルビデオ屋さんに行けばこのミュージカルのビデオあると思います。一回見てみてください。
もう20年以上も前のだからあるかなーーー?
自宅に帰るや否やすぐタップを教えてくれるところを探しました。
そしたらなんと、変な話、当時通っていたジャズやエアロビクスダンスを習っていたスタジオにタップクラスがあるではないですか。灯台元暗し・・・です。
全然興味なかったので目に入らなかったんですね。
先生は東京から毎週こられていました。寺島清先生です。
当時すでに72歳を超えられていましたがとってもいい音で踊ってくださったのを覚えています。そして2年ほど先生に付いて集中的にレッスンさせていただきました。しかしその後、先生が・・・・続く
2003.8.6
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皆さん、子供のころ、将来何になりたいと思っていましたか?
先日、久しぶりに小学校の6年のときの卒業アルバムを何気なく開いたら、「将来何になりたい?」というページがありました。
私、なんて書いたんだろう??恐る恐る自分の所を開いてみると、なんと「テレビで歌っている歌手の後ろで踊っている人」と書いてありました。
「ダンサー」という言葉がわからなかったんでしょう。
へええ・・・そうなんだ!
そういえば、小さいころから、人前でめちゃくちゃ踊りをムリヤリ披露して、強制的拍手もらって喜んでいたような気がする。
私の場合、決められた動きを正確に踊るのが、超苦手で、すぐ自己流に走りよくバレエの先生には余分な動きがありすぎ!と怒られていた。
また、モダンバレエの時は、「ヒロさんが踊ると、悲しい場面も、太陽のごとく明るくなってしまう」といつもいわれてしまった。あーーーー私はやっぱダンスにはむいてないのかなーーー???
すごく悩んだ時期もある。BUTそこでくじけるHIROちゃんじゃあござんせん!!
ヨッシャ!!自分の世界のダンスを作ろう。誰にもまねできない!!
TAPはそんなHIROワールドを作るのにもってこいのダンスだった。
26年前あの衝撃的なステージが、今の私を誕生させた!!・・・・(続く)
2003.8.5
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今日から、Jrに、新しい最年少の子が入ってきた。
彼女の名前はアヤネちゃん。2歳半!まだオムツが取れない。
おねえチャンのタップにいつも付いてきて、自分もどうしてもやりたくて
まだまだと思っていたのだが、踊りたくて踊りたくて、見学室にいられなくダンスフロアーに出てきてしまう・・・
ついに今日、HIROのメンバーになり、ひざまで隠れるHIROの黄色のTシャツを着て15.5pのタップシューズをはき、バーにつかまりレッスン開始!
オット!バーは彼女の頭より上だぞ!まるでお猿さんが、木にブラさがっているよう。
もう最高に可愛い!!
なんか自分の子供・・・と言うより孫ができた!って感じで、私・・・なんかすごく甘やかしそう・・・
「孫は目の中に入れても痛くない」なんていうけどなんとなくわかるような気がするなーーー
もう「HIROおばば」だよ!!
2003.8.3
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先日、冷夏の中,久しぶりに日差しがまぶしいお昼ごろ、一人でスタジオにいたらスタジオの前の駐車場に1台の白い軽トラが止まり、ゆっくりと腰の曲がった老婆が降りてきた。ん?あのおばあさんタップやりたいんだろうか??
玄関のドアが開いた。私は、快く「こんにちは!何か?」とたずねると・・・老婆「アイスクリームくれんかのーー」一瞬自分はなんだったか考えてしまった。おーー私はタップダンサーだった。
HIRO「おばあちゃんここはね、ダンスをするとこで、アイス売ってないんだよ。ごめんね」
老婆「そうか。そりゃあ残念じゃね。他に何売ってるんじゃ?」
HIROはシカと困った。
HIRO「ここは、踊りをするとこで、ほら広いでしょ。食べ物は売ってないんだ。悪いねえ。」
老婆「そりゃ残念じゃねえ。今日は暑いからアイス食べたくなってねえ」
と言いながら玄関を出,軽トラで待っているおじいさんに「ここはアイスが無いらしい。他を探してみよう」という会話が聞こえた。
なんか、すごく申し訳ない感じがした。
やっぱ、アイス売ったほうがいいのかな----????
2003.8.1
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