ヒロのひとりごと 2004年9月

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★心に残るステージ★
 
先週の日曜日は、浜松の駅前で、そして今日は静岡の駅前でタップのショー。
先週は、始まる寸前まで雨。今日は一回目のステージが終わった直後から雨。
私って雨女????
本当は、今日は2ステージだったけど、急な雨のため、1ステージになってしまった。
私たちのステージ直後から土砂降りの雨。
うっそ〜天気予報は雨なんて一言も言ってなかったよん。
HIROのステージだけは、パーフェクトにすすみ、お客様もいっぱい見に来てくれた。
その後に続くエアロビ、フラメンコはとんでもないことに・・・
土砂降りの中、続行するのか・・・
主催のホークワンさんが私に相談を持ちかけた。
そのまま続行すべきか、中断すべきか・・・
お客様のことを考えると、わざわざ来てくださっているのだから
主催の催し物は続行しよう!でもダンスチームは各先生に判断を任せようということになった。
ビショビショになりながら、音楽に合わせ声を張り上げダンスをするエアロチーム。
舞台サイドで待機しながら、心から応援を送った。
フラメンコ・・・どうするだろう・・・この日のために必死で練習してきた生徒のことを考えたら、応援に駆けつけてきてくれたお客様のことかんがえたら、私だったら、
・・・・・強制突破するだろう・・・・
やはり、フラメンコの先生もそう決断した。
もし、あのフラメンコの生徒さんが、私の生徒だったら・・・
と思った瞬間もう私は行動に移ってた。
「すいません。モップ、雑巾、タオルあるだけすぐ用意してください。大至急!
MCさんなるべくインタビュー引き伸ばしてください。
ホークワン情報、を先にやりましょう。とにかくモップがくるまで、引き伸ばして」
MCさんも必死です。
今から踊ろうとしているフラメンコ・・・このままでは滑って怪我をする。
今まで私の舞台を作ってくれている、今田さんだったら、今ここにいたらどうするだろう?
一緒にずっと作り上げてくれた原弥生だったらどう対処するだろう・・・?
HIROの縁の下の力持ちで働いてくれている、父母の会の役員さんたちだったらどう動くだろう??
頭の中で私を応援してくれている人たちが私を動かした。
モップが到着。ホークワンのメンバーと皆で、インタビューしている前で舞台の水取りが始まる。
雨は、容赦なく降り続ける。
ふいてもふいても、上から降り続ける。
それでも、ふく。ふく。ふく。
無駄かも知れないけどふく。舞台にはいつくばってふく。
フラメンコが雨の中始まる。主催の方々と、滑らないことを祈りながら舞台袖で見守っていた。
無事終了したときは、ほっと胸をなでおろした。
2回目のステージは、やはり危ないので残念ですが中止することになった。
一生懸命練習してきた、メンバーには申し訳ないことしたと思う。
でも、1回でもしっかり舞台できたので、それで良しとしなくっちゃね。
エアロやフラメンコの方々のこと考えたら、私たちは、最高だったよ!
それに、主催のホークワンの皆さん、本当にお疲れ様でした。
皆さんが、一致団結して、イベントを盛り上げようと、走り回っている姿最高に輝いていました。
私も少しばかりですが、お手伝いできて、幸せです。
そして静岡のメンバーの皆さん、私がいなくても、みんなで協力して舞台を盛り上げてくれてありがとう!
最高のメンバーです。あ〜〜〜〜舞台いろいろやってきているけど、今日の舞台は、心に残る思い出深い舞台になりました。
静岡のメンバー最高!!!
帰りに、食べたおそばおいしかったな〜

2004.9.26

              ◆  ◆  ◆

★気分最高の御香?★
 
今日、この夏3つ目のイベントが終了した。駅前での久々のライブ。タップステージが始まると、人の山ができた。
多くの方の足を止めることができた。
主催者の方々に喜んでもらえ、本当によかったな〜。
朝から大雨だったので、心配していたけど、私たちのステージのときは、太陽の照明が、私たちを、輝かせてくれた。
たくさんのHIROのメンバーも応援に来てくれた。
皆、一緒になって、盛り上げてくれる。
やはり、仲間だよね。踊っている私たちも、すごくやりやすい。
みんな!ありがとう!
最近、夏バテが今頃になって、出てきたのか、胃と腸をやられていて食欲がなく、体調崩していたんですが、出演者や来てくれたメンバー、HIROのファンの人たちの顔見たらけろっと治っちゃいましたよ。
無事終了して、自宅に戻ったら
急にドッと疲れが出て、ソファーでバタン!
気がついたら、なにやら、良いにおい。
次男の圭吾が、私がいつも疲れると御香をたいているので、気を利かせてたいてくれたらしい。
圭吾「良いにおいだら!何か分かる?」
HIRO「気がきくじゃん!ありがとね。ん〜これはジャスミン?それともラベンダー?
いや、ローズかな〜?やっぱ良いねえ〜なんか落ち着くよねえ〜」
圭吾「蚊取り線香だよ。はははははははっ」
HIRO「・・・・・・」

2004.9.20

              ◆  ◆  ◆

★勘違い?納得?★
 
昨日、うちの長男がバイト先へ提出する履歴書を持ってきて
「あのさあ、ここに《フヨウ家族》って欄あるんだけど・・・」
HIRO「あーそれはあんたにゃあ、関係ないから{×}にしとき」
となりで、聞いてた中学1年の次男「え?うちは△だと思うけど・・・」
何のこっちゃ?
実を言うと彼は「扶養家族」を「不良家族」と間違えたらしい。
とんでもないやつだ。
HIRO「でも、何でうちは、△かぞくなんだよ?」
次男「だって、おっかさ、茶髪して飛んでるじゃん」
HIRO「・・・・・・・」(汗)
 
まあ、いいか・・・「不要家族」とは、思ってないみたいだから・・・

2004.9.15

              ◆  ◆  ◆

★HIROの1大決心★
 
最近自分の身体がどんどん弱くなってきているのが、目に見えて感じてきた。
忙しさにまぎれて、自分の身体をなめてかかっていたのかもしれない。
身体はヤッパリ何をするにしても資本だ。
どうにかして、自分の身体を改革しなければ・・・
よし!!トレーニングジムいって、HIRO改革だ!
思ったら即行動!・・それがHIRO。
やはり、わたしゃあ 動物占いでは、チーター・・・・あたってる!
近くのスポーツクラブの門をたたく。
HIRO改革の期間は、半年。(自分で決めた。)
誰にもナイショで、お忍びじゃ〜
・・・・・と思ったら、とんでもないことがおこってしまった。
ジムの横がホールになっていて、エアロビクスをやっていた。
私が、ロビーでトレーニングの説明を聞いていたらなんか、見られている気配。
そのうち、ホールからぞぞぞっと、こっちへ近寄る足音。
「きゃあ、HIRO先生、何でここにいるのよん?」
エアロをやっていたメンバーほとんど私を知っていた。
ゲッ!なんでやねん?お忍びで来たのに・・・えらいこっちゃ。
とんでもないことに、なってしもうた。
トレーニングジムの指導員がビックリ状態。
「いったい、あんたはなにもんじゃ?」
「わたしでっか?ただの三方原のジャガイモどす!」
ええい!こうなったら やけくそじゃ 思いっきりおおぴろげにしてトレーニングに励むしかないじゃん。
まあ、そのほうが、途中で挫折しないかも。
「SELF IMPROVEMENT (自己改善)よ」
発言した以上、後には引けない!
がんばらにゃあ〜
さあ、これからのHIROのTAPを作るのに、多いに繁栄できるよう頑張ろう!
さて、入会したのはいいけど、どうやって時間作ろう・・・
まあ、時間は自分で作るもんだから、なんとかなるっしょ!!
私の人生いつもいきあたりばったり!

2004.9.14

              ◆  ◆  ◆

先日、私の携帯にクミ先生からビックリするようなメールが届いた。
「HIRO先生、今日は《サイトウケイコさん》という方が来て、今度子供をJRのTAPに入会させたいと来られました。お母様は先生の元のメンバーだそうです」
おや?そんな方いらしたかしらん??
最近、ボケの始まったHIROは過去を思い出すのに時間がかかる。
1年前、2年前、3年前どうも振り返っても「サイトウケイコさん」と言う女性を思い出せない・・・
困ったな〜
ん?もしかしたらJRの子?うっそー
そんなアホナ!そうなんです。思い出して、ギョッ!
小学4年生だったかなあ?入会して高校生までいた「斉藤恵子ちゃん」が、結婚して子供ができ、その子がまたHIROの子になる。
どひゃ〜〜〜
私、完璧「おばあちゃん」じゃん。
嬉しいやら、現実を見たというか〜
私、そんなにタップやってるんだ! いまさらながらビックリです。
タップをはじめて25年・・・まだ飽きずに追求し続けている。
この25年タップもどんどん変化していく。
だから勉強はいつまでたっても必要なのね。
そのなかで、HIROのTAPを確立していく。
私のいろいろな経験、考えなどを、練りこんで、HIRO TAPを作っていく。これが世の中に出て多くの方に「生きる力」となったら私が、25年やった価値はあると思う。
 
世代が変わり、また、次の世代の子が、HIROに入ってきてくれる。やっぱ、嬉しい限りです
 
自分がやってきたことに賛同してくれる人が一人でもいたら
私は、その人のために、走り続けるだろう。
それがHIROだから!!

2004.9.12

              ◆  ◆  ◆

★愛犬フラッシュ君!さようなら★
 
27日のイベントが終了後、うちの愛犬フラッシュがこの世を去った。
仕事が入っていたため、最後を見届けることができなかった。
いつも寝るときは私の布団で一緒に寝ていたのでだいぶ落ち着いたけど、まだ夜寝るときになると、寂しくて涙が止まんない。
こんなに今まで心をいやしてくれてたなんて、いなくなって
初めてわかった。
家にいると、どこにでもついてきて、「うるさいな〜もうあっち行け!」なんて怒ってみたり、散歩がめんどくさくって、やめちゃったり・・・
今思うとかわいそうなことしたな〜
死んだ日は、家族中、泣いた。
中学の次男、高校生の長男、下げパンして、ぼさぼさ髪して、超生意気なことばかり言って、先生に呼び出しくって、
どうしようもない野郎が、人目もはばからず、大声出して泣いた。
私もこれにはビックリした。
病院の先生も「お子さんたち、うまく育っているね。」とうちの小僧たちを誉めてくれた。
何のとりえのない二人だが、こんなに悲しむとは、思わなかった。
多分、いつも家にいない私の分、フラッシュと毎日遊んでいたんだと思う。
フラッシュはもともと、障害を持った犬だった。
だから、お医者さんから「長くは生きられないだろう」とは言われていた。
覚悟はしていたけど、やはり辛い。
でも、お医者さんがビックリするほど長く生きたんだよ。頑張ったんだよ。
7年半という期間に私たちは、家族になった。
発作が季節の変わり目、気候の変化でよくおこった。
でもそれを家族で見守り、フラッシュも頑張った。
たかが犬、されど犬。
やっと少し落ち着いてきた。
でも、いつも玄関で出迎えてくれる影が見えなくて、ふと寂しくなる。
「フラッシュ」と言う名は7年半前私が、本格的にオリジナルミュージカルを作った初めての作品「フラッシュバック」からとった。
フラッシュ君!今まで家族を癒してくれてありがとう。
もう苦しまなくて良いよ。安らかにね。


2004.9.5

              ◆  ◆  ◆


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